学校法人翔英学園の前身、学校法人米子北高等学校は、昭和33年4月に創立されました。創立者故小泉順三氏を中心とする、同志の教育への熱い思いと、理想の結集によって、後藤駅前の日本レーヨン跡の建物を借用して開校した米子北高等学校が、翌昭和34年には、現米原の地に校舎を建築し、学校の基礎を築くことができました。その後は高校進学希望者の増加と時代の要請に応えて、昭和40年には全国高校で2番目という衛生看護科の設置、昭和54年には大学進学Cコース、後には特別進学コースを設置する等、普通科のコース制の充実を図って参りました。
また昭和45年には、みずほ幼稚園、昭和54年には、東みずほ幼稚園を開園して、幼児教育に分野を広げる一方、昭和63年には創立30周年を期して、山陰地方初の中高一貫制の米子北斗中学・高等学校を創設するとともに、学校法人米子北高等学校から学校法人翔英学園と改名しました。
私達は学校創立の、先人の真摯な教育への信念に思いをいたし、建学の精神を引き継いで、今後とも私学教育振興のため、引き続いて努力を傾ける所存でございますので、関係各方面の方々の倍旧のご支援、ご協力をお願い申し上げます。
理事長 雑賀 啓一








